ベビーカーを押して沖縄琉球村へ — 赤瓦と阿波踊りの太鼓音、そして日傘なしで耐えた二時間

沖縄本島の西海岸、恩納村方面へ58号線を走っていくと、山の麓に赤い瓦屋根が集まっているエリアが現れる。琉球村(りゅうきゅうむら)だ。名前だけ見るとただの民俗村かと思うが、実際に入ってみるとその性格は二つある。昔の沖縄民家をそっくり移築して保存した野外博物館であり、同時に一日に何度も庭園で伝統行事を行うテーマパークなのだ。2015年5月18日、歩き始めたばかり…

沖縄 · 琉球村

沖縄本島の西海岸、恩納村方面へ58号線を走っていくと、山の麓に赤い瓦屋根が集まっているエリアが現れる。琉球村(りゅうきゅうむら)だ。名前だけ見るとただの民俗村かと思うが、実際に入ってみるとその性格は二つある。昔の沖縄民家をそっくり移築して保存した野外博物館であり、同時に一日に何度も庭園で伝統行事を行うテーマパークなのだ。2015年5月18日、歩き始めたばかりの子どもをベビーカーに乗せて訪れた時の記録である。

琉球村入村口前の大きな石製獅子像と料金表、ベビーカーが置かれた入口
入口前の石造りシーサー。台座に「琉球村 1982年 10.23 開村」と刻まれている。

チケット売場の窓口横に貼られた料金表をそのままうつすと、大人(16歳以上)1,200円、子ども(6~15歳)600円だった。我が子は無料で入村した。ただしこれは訪問当時の価格であり、現在は異なる可能性があるため現地での確認をお勧めする。チケットを購入して木の柱の下を通ると、ピンク色のキジムナー人形が指を立てて座っており、その横に「めんそーれ(ようこそ) WELCOME」という看板が左向きの矢印とともに立っている。子どもはこの人形を見るなり、ベビーカーの中から身を乗り出した。

ピンク色のキジムナー人形と「めんそーれ WELCOME」看板の前でベビーカーと共に座った来園者
入口内最初の写真スポット。背後に土産物店の軒と壺が見える。

まず知っておくべきこと — ここは日差しが強い

強調して記しておきたいのがこれだ。日傘は選択肢ではなく必須だ。琉球村は庭園を中心に構成されているため、イベントが行われる広場も、民家を結ぶ道も、ほとんどが白い砂が敷かれた地面である。5月正午の沖縄の日差しがその砂に反射して、下からも照ってくる。私たちは帽子だけで行ったが、30分で後悔し、妻が携帯用の日傘を持っていたおかげで何とか子どもの顔を覆うことができた。庭園での公演を待つ観客の写真を改めて見ると、座っている人のほとんどが日傘か広いつばの帽子をかぶっている。地元のご年配たちが皆持参されていたということだ。

紫色の日傘をさした人がベビーカーと共に立っている琉球村那覇大綱挽き展示館前の風景
「那覇大綱挽き」展示棟。ガラス内の太い綱が実際の那覇大綱挽きで使われたロープである。両側のシーサー台座にも「琉球村」と記されている。

所在地と行き方

那覇空港からレンタカーで向かうなら、沖縄自動車道を使うにせよ58号線を使うにせよ、1時間以内である。私たちは恩納地域の宿泊施設から出発して国道を走ったが、海を左に見ながら走り、山の方へ曲がって入る構造なので、看板さえ見落とさなければ迷うことはない。駐車場は広めであり、駐車後から入村口までは平坦な道を数分歩く程度。ベビーカーを押して入るのに問題はなかったが、奥の坂道や砂地区間ではタイヤがよく引っかかった。ベビーキャリアも持参するとずっと良い。

ハイライトは庭園で行われる道行き行事

琉球村をあえて訪れる理由を一つだけ挙げるとすれば、このイベントだ。決められた時刻になると案内放送が流れ、観客たちが中央の庭園の端に集まる。赤い旗と紫色の旗がまず入ってきて、その後に赤い屋根を載せた駕籠が続く。駕籠の脇を守る人は黒い服に赤い頭布を巻いた姿だ。

琉球村中央の庭園で赤い駕籠と旗の行列が通り、太鼓を背負った舞踏者が走る場面、観客が取り囲んでいる
イベント開始直後。背後の断崖と亜熱帯の森がそのまま背景になっている。

駕籠の行列が定位置に収まると、右側からエイサーの太鼓隊が入ってくる。大きな通太鼓を肩に背負った人と手太鼓を持った人が混在しており、赤い頭布と黒いベストが白い砂の上で特に鮮明だ。太鼓の音がスピーカーを通さずにそのままその場に響き渡る。近くで聞くとお腹に響くほどだ。

赤い頭布をかぶったエイサーの太鼓隊が脚を高く上げて跳躍する瞬間、前方には着物姿の舞踏手が手指を振っている
太鼓を背負ったまま足を蹴り上げる動き。このタイミングでシャッターを押す必要がある。
エイサーの太鼓隊4人が一列で跳躍し、左側では舞踏手2人が踊っている庭園全景
太鼓隊は庭園を大きく回りながら隊列を変える。観客席は右側の日よけの下。

太鼓隊だけではなく、扇を持った女性舞踏手たちが反対側からゆっくり歩き出て、隊列を組む。紺色の着物と淡いベージュの着物が交互に並び、白い扇を開いたり閉じたりする動きが太鼓のリズムとずれながらも調和する。全体を一目で見るには、庭園の一端、木の日よけ近くに位置を取るのが良い。

左側に扇を持った着物姿の舞踏手たち、右側に赤い太鼓を背負ったエイサー舞踏者たちが同時に登場した庭園全景
扇踊りとエイサーが庭園の両側で同時に繰り広げられる。
白い扇を広げた舞踏手が前に歩き出ており、後ろに赤い駕籠と旗が立っている場面
扇を広げながら前に出る場面。右端に太鼓隊が待機中である。
扇を持った舞踏手2人が先導し、後ろから駕籠の行列が続いており、右側から太鼓隊が太鼓バチを振り上げた場面
行列が庭園を一周し、観客の前を通過する。

ベビーカーを連れた立場からは、座る場所を確保することが課題だった。観客席の椅子は日差しが正面から当たる側に置かれていたため、私たちは反対側の木の日よけに完全に入り込んで、ベビーカーを置いて立って見た。視界は少し斜めになっても、子どもが寝ているには遥かに良かった。実際のところ、子どもは太鼓の音の真ん中で眠り続けた。

木の日よけの中でパンフレットを持ちながらベビーカーを置いて、扇踊りの行列を見守る来園者
日よけ側から見た道行き。椰子の木の影が砂の上に長く落ちている。
ベビーカーの中で眠った子どもの横を着物姿の舞踏手たちが通り過ぎる場面
太鼓音の真ん中で眠った子ども。背後から駕籠と舞踏手が通過する。

イベント終了後は民俗村エリアへ

公演が終わり人々が散っていくと、その時から博物館の時間が始まる。昔の民家が丘に沿って散在しており、分岐点ごとに木製の看板が立っている。「旧大城家」「陶芸工房」「製糖工場」、そして「出口」。看板の指すまま进めば一周することができる。

赤瓦葺きの古民家と「旧大城家」「陶芸工房」「製糖工場」「出口」と書かれた木製看板
分岐点の看板。日本語と英語が並記されており、道に迷うことはない。

屋根をよく観察すると興味深い。赤い瓦葺きの家もあれば、萱葺きの家もあるが、瓦屋根の棟にはシーサーが列をなして乗っている。色も形も様々で、台座に小さな文字が刻まれたものもある。工場で一括製造したセット品ではなく、一つ一つ異なるように作られたものたちだ。苔むした漆喰と焼きたてのような赤い瓦が混在しており、何度も手を入れた屋根であることが一目瞭然だ。

赤瓦の棟上に大きさや形がばらばらなシーサー像が一列に置かれた屋根と、その後ろの茅葺き屋根
棟上のシーサー行列。奥の茅葺き屋根にはブーゲンビリアが蔦のように絡んでいる。

民家の内部には展示ケースが置かれた空間もある。ガラスケース内の仮面たちが非常に迫力があった。緑色の顔に赤い唇を開いたライオン面、その横に杏色の顔に歯をむき出した大きな面、下には赤く塗られたライオンヘッドが二つ。胴体はカラフルな糸を層状に編んで作られていた。子どもはこれを見ても泣きもしなければ笑いもせず、ただ見つめ続けた。

ガラスケース内の沖縄の伝統的なライオン面と大きな顔面、カラフルな糸で編んだ胴体、その前でベビーカーを置いて中を覗く来園者
民家内の展示ケース。赤いライオンヘッド二体が下部の台座に置かれている。

陶芸工房 — ここが土産物を買うなら最高

看板をたどって陶芸工房に入ると、職人の仕事ぶりを直に見ることができる。トタン屋根の下に作業台が置かれており、ろくろの前に座った職人が小さな手びねり物を手に取って仕上げていた。棚の上には焼き上がった赤いシーサーたちが一列に並んでおり、下の売場には完成品が価格表とともに並べられている。観光地の店というより、作業場の一角を開放した感じだ。

トタン屋根の下の陶芸工房でろくろの前に座って作業する職人と、棚上の赤いシーサー人形、販売台に置かれた陶器製品
陶芸工房内部。右側の棚に材料と道具がそのまま置かれている。

売場で最も目を引いたのはラーメン蓋用の蓋取りだった。シーサーが前足を立てて伏せたような姿で作られた小さな陶製品で、手書きの札に「麺そ〜れ ¥864/多幸山窯 オリジナル商品、ここでしか買えません」と書かれていた。隣に実際の沖縄そばのカップラーメンを置いて、使用例まで示してあった。名前は「めんそーれ(ようこそ)」に麺の「麺」をかけた言葉遊びだ。土産物としてこの程度なら値段も大きさも手頃だと感じた。

シーサー型ラーメン蓋取りが並べられた売台と「麺そ〜れ ¥864」と手書きされた札、カップラーメンの使用例展示
「麺そ〜れ」シーサー蓋取り 864円。右側の黒い器は一夜城型陶製品。

水牛と砂糖きび搾り機

奥へ進むと水牛がいる。柵越しに頭を出しており、角が太く横に大きく曲がっているので、写真で見たものより遥かに大きかった。鼻に緑色の輪が掛かっており、飼育係が傍で綱を握っている。手を伸ばして鼻の上を触ってみたが、毛が短く硬く、思ったより温かかった。子どもはベビーカーに乗ったまま水牛を見上げた。

柵越しに頭を出した黒い水牛の鼻に触れる人と隣のベビーカー、周辺に紫色の朝顔
柵の下に紫色の朝顔が咲いている。水牛の後ろに赤瓦屋根が見える。
笠をかぶり青い作業着姿の飼育係が水牛の手綱を握って立っている様子
笠に手ぬぐいを巻いた飼育係。背後が砂糖きび搾り機だ。

水牛がここにいる理由は、すぐ隣の製糖施設にある。屋根を載せた大きな木製の車輪が立っており、かつては牛がこれを回して砂糖きびを搾った。車輪の前の地面には古い石がそのまま敷かれており、「滑りやすいので足下に注意」という案内板が日本語と英語で貼られている。実際に湿り気があって滑りやすかった。ベビーカーのタイヤが一度空転して、ひやりとした地点だ。

屋根が載った大きな木製車輪型の製糖装置の前でベビーカーと共に座った来園者、隣に注意看板
砂糖きびを搾った木製車輪。左側の黒い板が「足下注意」案内板だ。

出口へ行く前に立ち寄る二つの場所

出口方向へ進むと、バナナの葉が茂る場所にキジムナー人形のペアが立っている。赤い頭に葉っぱの冠を被った男、花の飾りに葉で編んだ衣を着た女。沖縄の伝承に登場する木の精霊だが、ここではお辞儀をするような姿勢で立たせてある。人間の背丈より低いので、子どもの視線の高さにぴったりだ。

バナナの葉の前に立てられた赤い頭のキジムナー男女の人形と、その横でベビーカーを押す来園者
キジムナーのペア。背後のバナナの葉がいくらか日よけを作っている。

最後は日付板だ。「琉球村」の三文字が白いペイントで貼られており、下に日付をはめ込むようになっているが、私たちが訪れた日は「2015年 5月 18日」だった。ペイントがあちこち剥げ、サビが浮いているのが、むしろこの物が長くここに立っていた証拠に見えた。後で写真を見返す時、この一枚のおかげで日付を正確に覚えている。

「琉球村 2015年 5月 18日」と書かれた日付記念板の後ろに座った来園者とベビーカー
日付板。剥げたペイントの文字が却って年月の経過を物語っている。

再び訪れるなら、こんな風に

帰路に思ったのは、ここが上手に作られたセット場というより、実際に手入れしながら使う村に近いということだった。屋根の苔、滑る石畳、作業台に広げた道具、水牛の鼻の緑の輪。整備された観光地では目にしにくい物たちがそのまま残っていた。子どもがもう少し大きくなって歩き回れるようになったら、もう一度訪れるつもりだ。その時は日傘を二本持参する。

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